在宅酸素療法とは

1~4. 在宅酸素療法とは
5~6. 在宅酸素療法の効果
7~10. 在宅酸素療法と注意点

1.慢性呼吸不全と在宅酸素療法

慢性呼吸不全とは肺の障害があって(COPDといわれる慢性気管支炎、肺気腫、結核の後遺症、間質性肺炎など)十分に酸素が肺から取り込めない状態をいいます。在宅酸素療法とは文字通り酸素を、家庭で酸素を吸入する治療法のことです。慢性呼吸不全の原因となる病気として多いのは肺気腫や慢性気管支炎などの慢性閉塞性肺疾患(COPD)や陳旧性肺結核の後遺症による呼吸不全ですが、肺高血圧症、慢性心不全、チアノーゼ型先天性心疾患などの心臓疾患にも保険適用があります。いずれも健康保険で認められています。

酸素が発見されたのは1774年ですが、医学に取り入れられたのは1950年代で当初は肺炎による低酸素血症に使われていました。この当時は酸素テントによる酸素投与が主体でした。1958年にボンベに酸素を詰めて吸入する方法が早くもとられています。(図1)。その後、入院による酸素吸入療法は慢性呼吸不全の患者さんに対し続けられていましたが、酸素供給源を大型の酸素ボンベや液体酸素に頼らざるを得ず、装置が大型のためなかなか在宅酸素療法の普及は難しかったのです。しかし、空気中から酸素を取り出して濃縮する装置(酸素濃縮装置)が発売されるようになり、また健康保険でも1985年から認められるようになり一気に在宅酸素療法が日本でも普及し始めました。

2.酸素は癖になりませんか?

いったん酸素を吸入し始めたら、癖になり止められなくなるのではないかという質問を良く受けます。酸素は癖にはなりません。ただし止めれば元の呼吸困難感や息切れが出現します。残念ですが今のところはいったん落ちてしまった呼吸機能を元に戻す治療法は肺移植しかありません。ですから酸素吸入を必要とするくらいに病気が悪くなった場合には在宅酸素療法を続けることが必要です。在宅酸素療法は癖になるのではなく元の病気が続くために中止することができないのです。ただし内科的な薬物療法やリハビリテーションにより、息切れ感が改善することもあります。

3.酸素を吸うことでどんな効果がありますか?

酸素を吸入することで今までできなかった運動や入浴といった動作がより楽に行えるようになります。酸素は魔法の薬ではありませんので、呼吸困難感や息切れを完全になくすことはできません。しかし酸素を吸わないよりも吸った方がより長く歩けるようになります。 酸素を吸うことで長生きできる確率が上がります(後に詳しく述べます)。

酸素を吸うことで血中の酸素濃度が上がり、肺血管が拡張し心臓にかかる負担が少なくなります。これにより心不全の予防や軽減につながります。また酸素を吸入することで脳にも酸素がいきわたり、うつ症状や認知機能がよくなります。

4.酸素を発生するのはどんな機械が必要ですか?

液体酸素ボンベから酸素を吸入しているCOPD患者さん

液体酸素ボンベから酸素を吸入しているCOPD患者さん

酸素を自宅で吸う治療法を在宅酸素療法といいます。日本でも保険適応となっています。また各自治体により負担の軽減措置がありますので、かかりつけの医師に相談してください。一定の基準があり、COPDの患者さんならば誰でも在宅酸素療法が受けられるわけではありません。図1は初期のころにアメリカで液体酸素による在宅酸素療法を行っている患者さんです。古い写真ですが歴史的な変遷を見るにはちょうどいいかと思い掲載します。右の大きな魔法瓶の様な容器に液体酸素を入れており、そこから酸素を吸入しています。皆さんは酸素吸入というと酸素ボンベを思われるかもしれませんが酸素ボンベが在宅酸素療法に使われることはありません。今では大気中から酸素を濃縮する装置が日本では一番多く、使われています。

図2は酸素濃縮機の一つで1分間に5Lの酸素を電源に差し込むだけで吸入することができます。酸素濃縮機の大きさは年々小さくなり、低流量の機種では大型のデスクトップパソコンぐらいの大きさです。一般に酸素流量が多くなればなるほど大きくなります。複雑な操作は必要ではありません。酸素流量を決めるダイアルと酸素濃縮機の入・切のスイッチぐらいです。加湿器に水を入れることが必要です。
日本で使われている在宅酸素濃縮機の一例

図2:日本で使われている在宅酸素濃縮機の一例

5.肺が悪い患者さんでは酸素を吸った方が長生きできます

在宅酸素を始めるにあたって、「酸素を吸ったら肺がさぼってしまい、かえって呼吸機能が落ちてしまわないだろうか。その結果短期的には楽になっても長期的には体に良くないのではないだろうか」と思われる方が少なくありません。

これに関しては2つの研究が有名で酸素を吸った方が体にかかる負担が少なくなり、長生きできることがわかっています。在宅酸素療法のこのような研究の1つとしては英国で行なわれたBritish MRC studyがあります。対象患者はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)で、動脈血の酸素分圧が55mmHg以下の人を対象に一日15時間、酸素を吸入するグループと酸素を吸入しない2つのグループに分け比較しています。不思議なことに在宅酸素療法開始後500日(約1年半)までは両グループに差はないのですが、それ以降は酸素を吸入しているグループの方が長生きできるという結果です。(表1)ちなみに動脈血とは心臓から直接送り出されて脳や筋肉などに酸素を届ける血液です。また酸素分圧とは血液中に含まれている酸素の量と考えて下さい。ちなみに正常の人では酸素分圧は90mmHg以上あり、55mmHg以下というのはかなりひどい呼吸不全で、話をする、服を脱ぎ着するだけで息切れがする状態です。この研究は酸素を吸ったCOPD患者さんと酸素を吸わなかったCOPD患者さんの生存率を比較しています。このように書くと何か非人道的な実験という感じを受けられるかもしれませんが、新しい治療方法が出てきたときにそれが有効か無効かを確かめるのは大事で、これがわからなければ無駄な治療を受けてしまうことになりかねません。このためこのような試験は必要とされます。さてこの試験の結果ですが対象はCOPDの重症患者さんのため酸素吸入したグループも酸素吸入しなかったグループもともに約3年で半数余り死亡していますが、それ以降は明らかに実線で示された酸素吸入群は酸素を吸入していなかった群に比べて生存率が高くなっています。 ただし正常の人では酸素を吸っても寿命が延びることはありません。あくまでも肺や心臓が悪くて十分な酸素を体内に取り入れられない患者さんが対象です。
横軸は在宅酸素療法を始めてからの日数。 縦軸は生存率

表1:横軸は在宅酸素療法を始めてからの日数。 縦軸は生存率。
上の実線が酸素を吸った場合の生存曲線。 下の点線が酸素無しの場合での生存曲線です。1000日をこえたあたりから酸素を吸った方が死亡率が明らかに低くなっています。

6.酸素は夜だけより一日中吸った方が長生きできます

在宅酸素療法をするにあたって、酸素を吸った方が長生きできるというもう1つの有名な研究があります。NOTT(nocturnal.oxygen. therapy trial 夜間酸素療法試験)という名の試験で、こちらは慢性呼吸不全の患者203名を対象としています。最初の3週間に抗生剤や気管支拡張剤を使用し、また積極的な運動を毎日行ない、改善のみられた45名は対象から外れています。この試験では患者は夜間のみ酸素を吸入するグループと昼も夜も24時間酸素吸入をするグループの2つに分けて比べています。生存率でみると早くも12ヶ月後からは有意に24時間吸入の方がよくなっています(表2)。白丸が24時間酸素吸入のグループ、黒丸が夜間のみ酸素吸入のグループです。動脈血ガスの酸素分圧は先の研究と同じく55mmHg以下の患者さんが対象となっています。

では先程のBRITISH MRC SUTDYとのグラフを重ね合わせるとどうなるでしょうか。一番生存率が良いのは24時間継続吸入しているグループです。反対に生存率が悪いのは酸素吸入をしていないグループです。

以上のような結果から、重症の呼吸不全では24時間なるべく長時間酸素を吸入することが長生きにつながることが解り、在宅酸素療法をすすめる上での大きな根拠となりました。
白丸が24時間酸素吸入のグループ、黒丸が夜間のみ酸素吸入のグループ比較

白丸が24時間酸素吸入のグループ、黒丸が夜間のみ酸素吸入のグループです。24時間ずっと酸素吸入を続けている方が死亡率が低下していることがわかります。なお24時間吸入といっても実際に酸素吸入している時間は平均17.7時間です。また夜のみ酸素吸入をしているグループも平均11.8時間吸入しています。このように6時間足らずの酸素吸入の時間差で、生存率に差がでることはいかに酸素が慢性呼吸不全の生命予後に影響を与えるかの一つの証拠です。
British MRC study とNOTT の結果を重ね合わせた図

表3:British MRC study とNOTT の結果を重ね合わせた図
在宅酸素療法の生存に与える効果
24時間酸素吸入が一番生命予後が良く、酸素吸入無しが一番生命予後が悪い。
1000日をこえたあたりから酸素を吸った方が死亡率が低くなっています。

7.酸素は爆発しません

酸素はそれ自体は爆発しません。ですから爆発を恐れる必要はありません。しかし酸素は物を燃えやすくします。助燃性といいますが勢い良く燃やす助けにはなります。酸素を吸いながらタバコも吸うと非常に危険ですので絶対にしないでください。

8.使用にあたって注意するべきことは何ですか?

酸素は薄いお薬だと思ってください。薬ですから当然用法用量を守らなければなりません。通常安静時にたとえば1リットル、動くときには2リットルというように指示が出ます。この酸素の吸入量は自分で勝手に変更せずに必ず守ってください。

9.外出時にはどのようにして酸素を吸入しますか?

日本では法規の関係上、酸素濃縮機が使われることが多く、このため携帯用酸素ボンベを用いることが多いです。酸素ボンベは携帯用に段々と軽くなってはいますが、それでも呼吸不全や心不全のある患者さんには持って歩くのは重いので、車輪を付けたキャリアーを用いている患者さんが多いです。また酸素の消費量を少なくするため息を吸うときだけ酸素が出るようにする機械もあります。こうすることで酸素の消費を抑えて、より長く酸素が持つようにします。

10.バスや電車に酸素ボンベを持ちこむことはできますか?

はい、できます。航空機に関しては最近規則が厳しく持ち込みは可能ですが(米国発着路線はできないようです)、あらかじめ搭乗前に各航空機会社にお問い合わせください。