喘息について
1. 喘息はどんな病気
この30年で喘息の病気の概念は大きく変わりました。喘息はそれまで気管支が縮むことが、病気の基本だと考えられてきました。気管支が縮むことが病態の本態ならば、それに対する治療は気管支を拡げることになります。しかし、現在気管支喘息はアレルギー性の気管支の炎症であり、気管支が収縮するのは、これにともなう2次的なものと考えられています。喘息の治療はこの気管支炎を治療することが主目標になっています。
喘息は気管支が特殊なタイプの炎症を起こし、これが原因で気管支が細くなるため、空気が通りにくくなる病気です。気管支は時間帯や気候体調など様々な要因で狭くなったり、また少し元へ戻ったりといったことを繰り返します。このため息が苦しくなったり、喘鳴(ゼーゼーということ、ぜんめいと読みます)、胸が重い、咳(特に夜間から朝方にかけてのことが多い)といった症状が繰り返し起こります。
少し難しい話になりますが、喘息が起こっている時の気管支はどうなっているのでしょうか。正常な気管支の構造は、一番内側を上皮細胞という細胞が表面を覆っています。さらに、その外側を気管支粘膜がとりまいています。一番外側には平滑筋と呼ばれる筋肉が付いています。気管支に筋肉が付いているのは不思議ですが、これにより呼吸の状態により気管支の太さが変化できるようになっています。筋肉が縮むと、気管支の直径が細くなります。喘息の患者さんの気管支は炎症を起こして腫れています。ちょうど、軽い火傷を起こしたときのように腫れて赤くなり触るとピリピリ痛むのを思い起こせばよいでしょう。
喘息の患者さんの気管支は炎症(腫れて赤くなる事)を起こしており上皮細胞がはがれています。このため健康な上皮に覆われている気管支に比べて、わずかな刺激でも敏感に感じ咳が出たり、粘液を出して(これが「痰が切れない」ことにつながります)炎症の起こっている部位を保護しようとします。また、喘息の炎症は廻りの平滑筋にもおよび、気管支の平滑筋は収縮し、気管支の直径が細くなりゼーゼーと言う音の元になります。気管支粘膜の炎症は喘息の本態とされています。
また、気管支の炎症のため気管支が過敏となり、会話や温度差、においといった普通では何ともない刺激で咳や喘息が出ます。
もう一つの喘息の特徴としては、これらの症状が繰り返し起こることです。喘息発作は軽症の場合は、「胸が重い」「痰が切れない」「息が何となく充分に吸い込めない」といったものから、重症になれば、「苦しくて横になれない」「息ができない」といった様々な症状がありますが、こういった症状が重症度を変えながら繰り返し起こることが、喘息の重要なサインです。
図1:喘息を起こしている気管支の様子。気管支がアレルギー性の炎症を起こしているためにあたかも火傷を起こしたかのように腫れて赤くなり、過敏になります。
2. 喘息の症状と診断
2-1. 喘息の症状
喘息は軽症から重症まで、病気の重さには広いバリエーションがあります。典型的な喘息の症状は、発作性の息苦しさ喘鳴(ゼンメイ ゼーゼー息を吐くときに音がすること)胸が重い、咳(特に夜間に出やすいことが多い)といった症状が繰り返すことです。この繰り返すというのが、喘息ではポイントになります。
2-1-1. 喘息の典型症状
喘息の症状は典型的な例では「ヒューヒュー、ゼーゼーという音が息をすると出る」「咳が出て、なかなか痰が切れない」「息が苦しい」などです。喘息の特徴としてはこういった症状が出たり消えたりすることです。ただし、喘息が重症化してくるとこういう症状は一日中出るようになります。このような典型的な症状では喘息の診断に困ることはありませんから、喘息と診断することは容易です。
しかし、喘息はこのような典型的な症状を示す患者さんばかりではありません。「胸が重い」「咳が止まらない」「気管が狭くなったような感じがする」「階段を昇ったりすると息切れがする」「運動をすると息切れが強くでる」など様々な症状が実は喘息だったということは、日常の診察でよく経験します。咳が長く続くために「風邪が長引いている」というのもよく喘息で訴えられる症状の一つです。このような場合は他の病気を除外するために胸のレントゲン写真や心電図をとったり、呼吸機能を調べたりすることが必要になってきます。
また、詳しく問診をすることは言うまでもないことですし、当たり前ですが、胸の音は必ず聴診します。
2-1-2. 気管支が刺激に過敏になる
気管支が過敏になり少しの刺激で咳や痰が出たりすることもあります。他人が吸ったタバコの煙を吸い込んだり、通勤のバスや電車に乗り込んだ時に急に咳き込むことはありませんか。これは喘息の症状のことがあります。喘息では気管支が炎症を起こしているため、気管支が色々な変化に対し過敏になっており(この場合であればタバコの煙、温度差、湿度差など)このような咳が出ることがあります。患者さんに質問すると割合とよくある喘息の症状です。痰は粘調できれにくく、咳払いを何度もしても取れないといった症状も見受けられます。
2-1-3. 喘息発作は夜間から明け方にかけて悪くなりやすい。
また喘息の発作は夜から朝方にかけて悪くなることが多いのも特徴の一つです。夜になると気管支を広げていた交感神経も休み気管支が狭くなってきます。このため夜明けから明け方にかけて息苦しくなったり、胸が重くなったりすることがあります。この症状は心臓の病気との区別が必要ですが気管支喘息でも出ます。案外見過ごされている気管支喘息の症状です。
また、タバコを吸う人では「咳や痰が出て当たり前」と思われているふしがあります。日常生活を送るのに困るほどの症状でない場合は放置されがちですが、気管支喘息やCOPDなどの病気が隠れていることがあります。また、慢性的に病気が経過していると本人は息苦しさにも慣れてしまい、咳や痰あるいはゼーゼーという音がしていても気にならなくなるようです。「よく今まで我慢されていましたね」と言うと「いやー、これで当たり前と思っていましたから」との答えが返ってきます。このような症状を放置されておられたら廻りの方が気をつけて医療機関の受診を勧めてあげて下さい。
2-1-4. 季節の変わり目の春と秋に気管支喘息が悪化しやすい。
気管支喘息の悪化は秋に、次いで春に最も多いことが知られています。これには気候の影響が一番大きいです。特に10月になると秋晴れの空とともに朝は冷えて昼は汗ばむほどの気温に上昇します。この気温差は気管支喘息の誘発因子として知られています。また秋の花粉症や風邪も気管支喘息の悪化に寄与していいるといわれています。季節の変わり目になると止まらなくなる咳やなかなか切れない痰の出現は気管支喘息を疑ってみる必要があります。
2-2. 気管支が狭くなる。
また喘息では肺活量の検査(正確には呼吸機能検査といいます)をすると気管支が狭くなるため、空気の流れが制限され、最初の1秒間に吐き出す空気の量が減ります。このため運動時などに十分な酸素が取り込めず、息切れが出ることもあります。
2-3. 気道が過敏になる
喘息では気管支の炎症があるため、あたかも皮膚が火傷を起こしたように様々な刺激に対し、過敏になり咳や痰が出ます。気管支には痛みを感じる神経はありませんので、気管支が痛むことはありません。このため喘息では温度差(暖かい所から寒い所へ出る、あるいはその逆)タバコの煙、強いにおい(例えば香水など)といった様々な刺激をきっかけに咳がでたり、時に喘息発作を起こすことがあります。
2-4. アトピー素因の存在
アトピー型喘息は小児に多い喘息のパターンの1つですが、血液中のIgE抗体(アイジーイーコウタイ)が増えており、ダニ、ハウスダストやゴキブリといった、特定のアレルギー源に対し、IgE抗体が増えていることがあります。不思議なことですが、大人ではIgEが増えていない非アトピー型喘息が多くなります。しかし年令のみで、非アトピー型喘息かアトピー型喘息を区別することはできません。
2-5. その他の病気を除外すること
ゼーゼーと音がするのは喘息だけではありません。同じような症状は例えば、心不全やCOPDで起こることがあります。また、頻度は多くはありませんが、喘息を合併する病気(例えばアレルギー性気管支肺アスペルギルス症)などがあります。喘息の診断にあたっては様々なことを考えていきます。正確な診断には胸部レントゲン写真は最低限必要と考えています。妊娠の可能性のある方は事前にスタッフにお伝えください。
3. 喘息治療の目的
よく誤解されますが、喘息の治療は喘息の発作を治療することではありません。喘息治療の目的は以下のとおりです。
- 健常人と変わらない日常生活を送ることができること
- 喘息を繰り返すことで、気管支が硬く縮まってしまう(リモデリングといいます)ことを予防すること
- 夜間・早朝を含めた喘息の発作を予防すること
- 喘息死を避けること
- 治療薬による副作用の発現がないこと(喘息予防管理ガイドライン2015より一部改変)
3-1. 健常人と変わらない生活ができること。
喘息発作が日常的に起こっていると、息切れや咳が出ても当たり前という患者さんに出会うことがあります。患者さんのAさんはひどい喘息発作を起こして、初診で当院に来られました。ステロイドの投与などでようやく落ち着いたときにAさんが「この数年間で初めて横になって寝られるようになりました。随分と良くなりました」と言われたので驚きました。気を取り直し以下のように説明しました。喘息の発作を治療するのが本来の喘息治療ではなく、喘息の発作を起こらないようにすることが本来の喘息治療です。あなたの喘息治療はまだ始まったばかりで、これから継続的に治療が必要なことをお話しました。その後Aさんは治療を続け、普通の生活を送っています。薬も欠かさずに服薬し、喘息発作が起こる回数もゼロとまではいきませんが年に数回程度に減っています。
3-2. 喘息を繰り返すことで、気管支が硬く縮まってしまう(リモデリングといいます)ことを予防する こと
気道のリモデリングとは簡単にいえば気管支が喘息発作を繰り返し起こしているうちに硬くなってしまい、縮んだまま元の太さに戻らないことです。Bさんは小児期にまだ吸入ステロイドが使われていなかった時代の患者さんで、小児期にひどい喘息を繰り返し起こしていたため肺活量が普通の人の三分の一ぐらいしかありません。また成人で喘息を発症した患者さんでも、喘息発作を繰り返し、呼吸機能が徐々に落ちていく患者さんもいます。残念ながら現在のところリモデリングを起こしてしまい硬くなった気管支を元に戻す治療法はありません。このようなリモデリングを防ぐためにも治療の継続は大切です。
3-3. 夜間や早朝を含めた喘息発作の予防
喘息の嫌なところの一つは早朝や深夜といった救急部門を除いた医療機関が閉まっている時、家人が寝ていて起こすのはためらわれる時間帯に喘息の発作が起こりやすいことです。この原因は夜になると気管支を広げていた交感神経が休んで、気管支が狭くなりやすくなることが一因です。このようなときには短時間作用型気管支拡張剤や吸入ステロイドと即効性のある気管支拡張薬の合剤で対処します。またこれらの薬が無効なときには救急受診が必要です。睡眠が妨げられるような喘息のコントロールは治療の再考が必要です。頻繁にこの時間帯に喘息発作が起こるようならば、治療の強化や見直しが必要です。夜間に咳でおきたり、息苦しさで目が覚めることなく、ぐっすりと眠れるようになることを目指します。
3-4. 喘息死を避けること
交通事故で平成26年に、4113名の方が亡くなられています。喘息の発作で亡くなる患者さんは平成25年には1728人あったことをご存じでしょうか。喘息の死亡者数は治療法の発達や普及に伴い、減少してきました。喘息が怖いのは突然大きな喘息発作が起こり、急死する場合があることです。死亡者数の約三分の一が発作から3時間以内になくなっています。また死亡前の喘息の重症度で分類すると、重症の患者さんが亡くなった割合は40%と報告されています。一方軽症や中等症の喘息患者さんからも40%の方が亡くなっています。このことは心に留めておくべきことです。自分の喘息は重症ではないからといって放置しておくのは禁物です。
喘息は場合により軽症患者さんでも重症の喘息発作をおこします。
3-5. 喘息治療薬による副作用がないこと
吸入ステロイド薬が世に出てから、随分と副作用が少なくなり、選択の幅も増えてきました。ステロイドというと何か怖い薬のように思われる方が多いですが、そうではありません。本来ステロイドホルモンは腎臓の上にある副腎というところで正常の人体でも作られているホルモンです。ステロイドホルモンには抗炎症作用があります。現在気管支喘息の本体は特殊なタイプの気管支の炎症と考えられています。吸入ステロイド薬はこの炎症を鎮めるのに使います。気になる副作用ですが声がれが数%の人に出ます。また吸入後口をすすがないと口内炎が起こることがあります。これらを除けば成人での重篤な副作用は少ない薬剤です。妊娠にはブデソナイド(商品名パルミコート)の安全性が高いことが分かっています。
4. 喘息の分類 アトピー型喘息と非アトピー型喘息
喘息には様々なタイプがあり、喘息と一語ではくくりきれない多様性があります。ある喘息患者さんでは、鎮痛解熱剤のアスピリンを飲んだ時に喘息発作がでますし、ある喘息患者さんでは、運動をした時に出ることがあります。 一番良く使われる分類はアトピー型喘息と非アトピー型喘息の2つに分けることです。
アトピー型分類は血中IgE抗体(アイジーイーコウタイ)が高値を示し、小児期に発症することが多いパターンです。反対にIgE抗体が高くなく、アレルゲンに対する特異的IgE抗体が検出されないのが、非アトピー型喘息で、成人発症に多い喘息です。喘息はアレルギー疾患ですが、このように特異的IgEによる分類がなされています。
4-1. アトピー型気管支喘息
アトピー型気管支喘息は、日常生活で廻りにあるアレルギーのもとになる物質(アレルゲン)に対してアレルギー反応を起こすもので、血液中にIgE抗体(アイジーイーコウタイと読みます)というタンパク質が上昇してくるものです。この反応はたくさんの遺伝子によって決まり、ある程度遺伝性があります。単一の遺伝子によって決まるものではありませんのでたとえ両親とも気管支喘息であっても子どもが必ずしもアトピー体質を持ち、気管支喘息になるという訳ではありません。ちなみにアトピー体質は思っているよりも高い頻度であり、大体成人の3人に1人はアトピー体質で、12人に1人は喘息という報告があります。
また大量のアレルゲン(アレルギーのもとになる物質をアレルゲンと言います)にさらされた場合にもアトピーは出現してきます。例えば新しいペットを飼いだしてから今まで何もなかった人が喘息を起こす例はこのような場合です。ですから遺伝的な要因だけで決まってくるものでもありません。環境要因も重要な因子です。アレルゲンは多岐にわたります。通常分子量2万から4万のタンパク質ないしはタンパクを含んでいる物質がアレルゲンになります。アレルゲンは職業性のものを除くと花粉、カビ、動物のふけそしてハウスダストの大きくは4種類に分かれます。またこのような現象の頻度は高く皮内テストで検査すると普通の人でも30%から50%にみられます。
4-2. 非アトピー型気管支喘息
非アトピー型気管支喘息は、アレルギーのもととなる物質がなく、喘息の発作が起こってくるものです。なぜこのような体質が違うのに、同じような気管支喘息の症状が出てくるのかはよく分かっていません。また吸入ステロイドを中心とした現在の治療法はアトピー型気管支喘息、非アトピー型気管支喘息の両方に有効です。これは体質は違ってもその表れであるアレルギー性気管支炎は同じだからです。
気管支喘息というと子どもの病気のように思われがちですが、成人になってからも気管支喘息が発症することはそんなに珍しいことではありません。非アトピー型気管支喘息の危険因子として明らかなのは女性であること、極端な肥満です。日常、診療で患者さんを見ていると、小児喘息の既往をもった人も多く、成人になってからはほとんど喘息発作が起こらずにいたのに風邪をひいたことなどをきっかけに喘息の発作を起こす患者さんも多く、このような患者さんでは血液検査で調べてみるとIgE値が高く、子ども時代のアレルギー体質を、大人になっても持っていることが分かることがあります。また喫煙、カビ、香水、埃や羽毛布団といったごくありふれた物質が気管支喘息の発症のきっかけになっていることもあります。(必ずしも原因とは限りません。) 特にタバコは気管支喘息の原因ではありませんが、強力な悪化要因となりますので、喘息患者さんに禁煙は必須です。
アレルギーのもとになるアレルゲンは、血液検査で調べることができます。また、非アトピー型では、気管支喘息を起こす物質がはっきりしません。ただし非アトピー型気管支喘息だからといって、喘息の治療が異なることはありません。
ただ日常生活の注意する点が、アトピー型と非アトピー型では異なってくるため、通常患者さんの血液からIgEの量やアレルゲンを調べています。
5. 喘息の重症度
喘息の重症度を知ることは、治療を決めていく上で大切です。表1:治療前の臨床所見による喘息重症度の分類(成人)はそのまとめです。重症度は喘息発作の頻度や喘息発作の強度、夜間の症状の有無を呼吸機能によって決めます。またこの重症度に応じた治療を選択していきます。
表1:治療前の臨床所見による喘息重症度の分類(成人)
重症度 | 軽症間欠型 | 軽症持続型 | 中等症持続型 | 重症持続型 | |
---|---|---|---|---|---|
喘息症状の特徴 | 頻度 | 週1回未満 | 週1回以上だが毎日ではない | 毎日 | 毎日 |
強度 | 症状は軽度で短い | 週1回以上日常生活や睡眠が妨げられる | 週1回以上日常生活や睡眠が妨げられる 短期間作用型吸入β2刺激薬 頓用がほとんど毎日必要 |
日常生活に制限 治療下でもしばしば増悪 |
|
夜間症状 | 月に2回未満 | 月に2回以上 | 週1回以上 | しばしば | |
PEF FEV1 |
%FEV1 | 80%以上 | 80%以上 | 60%以上80%未満 | 60%未満 |
%PEF | |||||
変動 | 20%未満 | 20~30% | 30%を越える | 30%を越える |
また喘息発作が起こっている際のその時の重症度も表2 喘息症状・発作強度の分類のように分かれています。すべての喘息発作がこの表のようにきれいに分けることができるわけではありませんが、喘息の重症度の目安として、挙げておきます。特に歩けるか、会話ができるか、横になれるかといった目で見てわかる喘息の症状は臨床的にも重要です。
表2:喘息症状・発作強度の分類
発作強度*1 | 呼吸困難 | 動作 | 検査値*3 | 喘息症状 発作強度の分類 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
%PEF | SpO2 | PaO2 | PaCO2 | ||||
喘鳴/胸苦しい | 急ぐと苦しい.動くと苦しい | ほぼ普通 | 80%以上 | 96%以上 | 正常 | 45mmHg未満 | 喘鳴/胸苦しい |
軽度(小発作) | 苦しいが横になれる | やや困難 | 軽度(小発作) | ||||
中等度(中発作) | 苦しくて横になれない | かなり困難.かろうじて歩ける | 60~80% | 91~95% | 60mmHg超 | 45mmHg未満 | 中等度(中発作) |
高度(大発作) | 苦しくて動けない | 歩行不能.会話困難 | 60%未満 | 90%以下 | 60mmHg以下 | 45mmHg以上 | 高度(大発作) |
重篤*2 | 呼吸減弱.チアノーゼ.呼吸停止 | 会話不能.体動不能.錯乱.意識障害.失禁 | 測定不能 | 90%以下 | 60mmHg以下 | 45mmHg以上 | 重篤*3 |
6. 喘息の薬物治療
現在喘息の治療薬は、注射、内服薬、吸入薬、貼布薬と様々なタイプが使われています。
喘息は、アレルギー性の気管支炎が主体です。「病気は元からたたなきゃ駄目」で、この炎症を抑えることが大切になってきます。さて、では炎症とは何でしょうか。炎症とは、軽い火傷を思い浮かべてもらうと理解しやすいでしょう。火傷をした皮膚は赤くなり、腫れてさわるとヒリヒリします。喘息を起こした気管支にも同様のことが起こっています。ただし、気管支には痛みを感じる神経はありませんから、ヒリヒリするかわりに、咳や粘液を出す細胞から痰が作られます。喘息の時の痰が切れないのは、この炎症が続いているからです。「痰が切れるような薬を処方して欲しい」と要望される患者さんでは、まだこの喘息による気管支の炎症がおさまっていない証拠です。
6-1.吸入ステロイド
副腎皮質ステロイドは、現在喘息の中心的な役割をはたす薬です。副腎ステロイドは人間の体内でも作られている重要なホルモンです。炎症をおさめる抗炎症作用を持つことから喘息の治療に用いられています。昔からステロイドが喘息をよくすることは知られていました.しかしながら、経口薬あるいは注射薬といった剤形しかありませんでした。このため、投与されたステロイドは全身に作用し、副作用のため喘息治療にステロイド治療を続けることは不可能でした。この欠点を克服するために開発されたステロイド剤が、吸入ステロイド剤です。
現在では、吸入ステロイド剤が、喘息の中心的な薬剤です。吸入ステロイドのメリットは、何と言っても炎症を起こしている気管支に直接作用し、気管支の炎症を抑えることで、喘息がよくなることです。少量のステロイド使用で効果が発揮できること、全身にステロイド投与するのと比較して、副作用が格段に低いことも利点です。欠点としては飲み薬などと違い、吸入器具を使わないと吸入できないため、多少の練習を必要とすることです。当院では、必要に応じて何度でも吸入指導を行っています。また少ないながらも、嗄声(声がかれること)が数%の人に起こることです。しかし全身ステロイド投与に比べて、はるかに安全であり、顔が丸くなったり、糖尿病になる、骨がもろくなるといった副作用はありません。吸入ステロイド剤は即効性はありませんので、急な発作には別の薬を用います。
また注射薬や経口のステロイド剤は急に喘息が悪くなったときや、重症の喘息の治療に用いられます。短期間の経口ステロイドや注射のステロイドは副作用をあまり恐れる必要はありません。(ただし糖尿病や感染症などの場合を除きます。)長期間にわたりステロイドを経口や注射で用いた場合はステロイドの種類や量、その個人の感受性など色々な要素に影響されますが、副作用が出ることがあります。
図2: 経口ステロイドの作用は全身に及びますが、吸入ステロイドは気管支にだけ作用します。
このため全身的な副作用は心配いりません。
6-2. 長期間作用型気管支拡張剤
喘息では、気管支がアレルギー性の気管支炎をベースとして、細くなります。そこでこの細くなった気管支を拡げる薬が、開発されるのは当然かもしれません。現在、薬剤の剤型としては、吸入、貼布、経口薬の3つの形があります。もっとも広く使われているのは、吸入薬です。喘息に対して単独で使うと喘息の本能である気道の炎症が治りませんから、気管支拡張剤単独で使うことはありません。喘息の長期のコントロールには気管支拡張剤単独ではなく、吸入ステロイドと一緒になっている吸入ステロイド-長時間作用型気管支拡張剤の合剤として使われます。いずれの薬剤も安全性は高いですが、まれに副作用として、手のふるえ、胸がドキドキする、脈が早くなるといった症状が出ることがあります。また急に喘息が悪くなったときに使う短時間作用型気管支拡張剤とは役目がことなるので区別しましょう。短時間作用型気管支拡張剤は野球で言うならあくまでもリリーフピッチャーで、過度の使用は避けなければなりません。短時間作用型気管支拡張剤を度々使うことが必要なら、担当医師に相談し、治療を見直すことが必要です。
6-3. 吸入ステロイド薬長期間作用型気管支拡張剤配合薬
吸入ステロイドと、気管支拡張剤を混合して、一度の吸入ですますことのできる薬剤です。「合剤」と呼ばれることもあります。配合剤の良い所は、別々に吸入するのに比べ、手間が減り、服用が守りやすいこと、吸入ステロイドと長時間作用型気管支拡張剤を配合すると、相互作用で、よりよく効果があがることです。吸入ステロイドと長期間作用型気管支拡張剤配合薬は混合されて吸入器に入っており、一回の吸入で両方の薬を服薬することができるようになっています。
6-4. ロイコトリエン受容体拮抗薬
一種の抗アレルギー剤です。ロイコトリエンという物質は、気管支を収縮させ、炎症を起こします。この経路を止めることで、喘息を良くしようという薬剤です。この薬は飲み薬です。吸入ステロイドが効きにくい場合に、追加して用いることが多い薬です。軽症患者に、ロイコトリエン受容体拮抗薬と吸入ステロイドをそれぞれ単独に投与した場合には、効果は吸入ステロイドに劣ります。商品名としては、オノン(プランルカスト)、シングレア、キプレス(モンテルカスト)、アコレート(ザフィルカスト)があります。
6-5. テオフィリン剤
テオフィリン薬剤は古くから喘息治療に用いられてきた気管支拡張剤です。剤形は内服や注射があります。以前は気管支拡張作用が主な作用とされていましたが、現在では抗炎症作用を持っていることが知られています。また、現在多くの場合用いられている薬剤は、徐放型と呼ばれる長期間効果がある薬剤です。1日1回もしくは2回の内服で効果が期待できます。喘息の薬としては、良い薬剤なのですが、数%の人で、手のふるえ、動悸、むかつきが出ることがあります。上手に使えば安くて、良い抗喘息薬です。また通常、単独で用いることはなく、吸入ステロイドや吸入ステロイド+長時間作用型気管支拡張剤の合剤に加える形で用います。
6-6. 長期間作用型抗コリン剤
抗コリン剤というのは、気管支を収縮させる副交感神経をブロックする薬剤です。副交感神経をブロックすることで、気管支を拡げる作用があります。現在ではチオトロピウムのみが認められています。この薬剤は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の薬として長く用いられてきました。単独で喘息の治療に用いられることはありません。必ず、吸入ステロイドと併用されます。緑内障でも「閉塞性偶角緑内障」には禁忌ですので、緑内障のある方は診察時に医師に伝えてください。
6-7. 抗IgE抗体
オマリズマブという薬品名です。商品名はゾレアです。注射薬で、高用量の吸入ステロイドや、経口ステロイドを使っても、なお喘息発作が出る難治性重症喘息の治療に使用します。有用な薬品ですが、高価であること、投与にあたって血清IgE値によって制限があり、誰にでも使える薬ではありません。現在、抗喘息薬は速いスピードで開発が続けられ、選択技は増えつつあります。
7. 喘息の治療の原則
では上にあげたようなさまざまな薬はどのように組み合わせて治療をしていくのでしょうか。軽症の喘息には少ない薬で、重症になれば、抗喘息薬も多くなります。表3 喘息治療ステップ(JGL2015)は喘息の治療ステップを示したもので、標準的な治療方法です。喘息の治療効果が不十分な場合、ステップ1から2へというように、ステップアップといって、治療薬の種類や量が増やしてしていきます。また喘息のコントロールが良好な場合はステップ2から1へというようにステップダウンといって治療薬の種類や量を減らしていきます。これは標準的な方法で、患者さんの状態や、医師の裁量で変更します。この通りでないと、その喘息治療が間違っているというわけではありません。この喘息治療のステップの特徴は一番最初から吸入ステロイドが喘息治療に組み込まれていることです。これは「喘息は気管支のアレルギー性の炎症であること」に基づいています。ですから、気管支拡張剤が一番最初の選択技になることにはなっていません。
表3:喘息治療ステップ(JGL2018)
治療ステップ1 | 治療ステップ2 | 治療ステップ3 | 治療ステップ4 | ||
---|---|---|---|---|---|
長期管理薬 | 基本治療 | 吸入ステロイド薬 (低用量) |
吸入ステロイド薬 (低~中用量) |
吸入ステロイド薬 (中~高用量) |
吸入ステロイド薬 (高用量) |
上記が使用できない場合は以下のいずれかを用いる ロイコトリエン受容体拮抗薬 テオフィリン(徐放製剤)※症状がまれであれば必要なし |
上記で不十分な場合に以下のいずれか1剤を併用 LABA(配合剤の使用可) ロイコトリエン受容体拮抗薬 テオフィリン(徐放製剤)LAMA |
上記に下記のいずれか1剤、あるいは複数を併用 LABA(配合剤の使用可) ロイコトリエン受容体拮抗薬 テオフィリン(徐放製剤) LAMA |
上記に下記の複数を併用 LABA(配合剤の使用可) ロイコトリエン受容体拮抗薬 テオフィリン(徐放製剤) LAMA 抗IgE抗体 抗IL-5抗体 抗IL5Rα抗体 経口ステロイド薬気管支サーマルプラスティー |
||
追加治療 | ロイコトリエン受容体拮抗薬以外の抗アレルギー剤 | ロイコトリエン受容体拮抗薬以外の抗アレルギー剤 | ロイコトリエン受容体拮抗薬以外の抗アレルギー剤 | ロイコトリエン受容体拮抗薬以外の抗アレルギー剤 | |
発作治療 | 吸入SABA | 吸入SABA | 吸入SABA | 吸入SABA |
SABA 短時間作用型気管支拡張剤 LABA 長時間作用型気管支拡張剤 LAMA 長時間作用抗コリン剤
治療ステップ1で不十分な場合はステップアップをしていき、さらに吸入ステロイドの量を増やし、長時間作用型気管支拡張剤を加える、抗ロイコトリエン、テオフィリン製剤を加えるというようになります。すべてを加える訳ではなく、いずれか1剤、もしくは2剤を加える場合が多いですのですがこれは医師が決めていきます。治療ステップ3では、さらに吸入ステロイドの量を多くし、さらに選択技として、抗コリン剤が入ってきます。これでも喘息のコントロールが得られなければ、抗IgE抗体(商品名 ゾレア 薬品名オマリズマブ)や経口ステロイド(たとえばプレドニンやデカドロンなど)を用いることになります。
抗アレルギー剤とは、ケミカルメディエーター遊離抑制剤、H1ブロッカー、トロンボキサンA2阻害薬、Th2サイトカイン阻害剤を指します。
経口ステロイド薬や短期間の間欠的投与を原則とする。他の薬剤で治療内容を強化し、かつ短期間の間欠投与でもコントロールが得られない場合は、必要最小量を維持量とします。
ブデソニド/ホルモテロール配合剤を長期管理薬と発作治療薬の両方に使用する方法で薬物療法を行っている場合には、ブデソニド/ホルモテロール配合剤を発作治療に用いることもできます。長期管理と発作治療を合わせ1日8吸入までとするが、一時的に1日合計12吸入(ブデソニドとして1,920μg、ホルモテロールフマル酸塩水和物として54μg)まで増量可能です。ただし、1日8吸入を越える場合は速やかに医療機関を受診するよう患者に説明します。
未治療患者さんの治療をどのように始めるかは、表4未治療患者の症状と目安となる治療ステップが目安となります。喘息治療で大事なことは、喘息のコントロールを良くし、喘息発作を出さないことです。喘息のコントロールの評価には、症状(息切れの程度や生活の制限)、呼吸機能、喘息の増悪の回数などが評価項目としてあげられます。これらを喘息のコントロールの指標としながら、薬は増やしたり、減らしたりしていきます。喘息の治療の目標は、薬を使わないことではありません。医師もなるべく少ない量の薬で喘息コントロールをしたいと考えています。
表4:未治療患者の症状と目安となる治療ステップ
治療ステップ1 | 治療ステップ2 | 治療ステップ3 | 治療ステップ4 | |
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対象となる症状 | (軽症間欠型相当) ・症状は週1回未満 症状は軽度で短い ・夜間症状は月に2回未満 |
(軽症持続型相当) ・症状が週1回以上、しかし毎日ではない ・月1回以上日常生活や睡眠が妨げられる ・夜間症状は月に2回以上 |
(中等症持続型相当) ・症状が毎日ある ・短期間作用性吸入β2刺激薬がほぼ毎日必要 ・週1回以上日常生活や睡眠が妨げられる ・夜間症状が週1回以上 |
(重症持続型相当) ・治療下でもしばしば増悪 ・症状が毎日ある ・日常生活が制限される ・夜間症状がしばしば |
またこれらの薬は良くなったからといってすぐに止めたり、減量することはありません。自己判断で中止したり、減量しないでください。これは気管支喘息の根本であるアレルギー性気管支炎の炎症が治るのに要する時間は、症状が良くなるよりも時間を要することが分かっているからです。通常、月単位で減量していきます。
コントロールの状態は表5のように喘息症状、喘息の発作時の救急薬の使用、運動時の息切れ、呼吸機能などによって判断していきます。なるべくよいコントロールを目指していきましょう。喘息治療は毎日の積み重ねです。当初重症喘息の患者さんでも生活上の注意を守りながら、しっかり服薬していけばよくなる場合がほとんどです。難しいことですが、諦めずに根気よく喘息治療に取り組むことで喘息のコントロールはよくなります。
表5 コントロール状態の評価
コントロール良好 (すべての項目が該当) |
コントロール不十分 (すべての項目が該当) |
コントロール不良 | |
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喘息症状 (日中および夜間) |
なし | 週1回以上 | コントロール不十分の項 |
発作治療薬の使用 | なし | 週1回以上 | |
運動を含む活動制限 | なし | あり | |
呼吸機能 (FEV1及びPEF) |
予測値あるいは自己 最高値の80%以上 |
予測値あるいは自己 最高値の80%未満 |
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PEFの日(週)内変動 | 20%未満 | 20%以上 | |
増悪(予定外受診、救急受診、入院) | なし | 年に1回以上 | 月に1回以上 |
増悪が月に1回以上あれば他の項目が該当しなくてもコントロール不良と評価する。
薬物治療中の患者
治療ステップの選択は、コントロール状態の評価を参考に以下のように行う。
- コントロール良好 : 現在の治療の続行あるいは良好な状態が3~6ヶ月持続していればステップダウンを考慮する。
- コントロール不十分 : 現行のステップを1段階アップする。
- コントロール不良 : 現行の治療ステップを2段階アップする。